暗号舞踏人の謎

コナン・ドイル
三上於莵吉訳

暗号舞踏人の謎書籍情報

底本:「世界探偵小説全集 第四卷 シヤーロツク・ホームズの歸還」平凡社
   1929(昭和4)年10月5日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「貴方→あなた 汎ゆる→あらゆる 或る→ある 或→あるい 如何→いか 聊か→いささか 何時→いつ 一層→いっそう 愈→いよいよ 何れ→いずれ 於て→おいて 却って→かえって 可成り→かなり かも知れ→かもしれ 屹度→きっと 位→くらい 極く→ごく 此→この 併し→しかし 而も→しかも 直・直き→じき 暫く→しばらく 直ぐ→すぐ 即ち→すなわち 凡て→すべて 是非→ぜひ 其処→そこ 其の→その 沢山→たくさん 唯→ただ 度々→たびたび 多分→たぶん 丁度・恰度→ちょうど 一寸→ちょっと (て)居→い・お (て)置→お (て)見→み (て)貰→もら 何処→どこ 何方→どちら 仲々→なかなか 何故→なぜ 成る程→なるほど 計り・許り→ばかり 筈→はず 甚だ→はなはだ 不図→ふと 程→ほど 殆んど→ほとんど 略々→ほぼ 先ず→まず 亦→また 間もなく→まもなく 見す見す→みすみす 若し→もし 勿論→もちろん 以って→もって 尤も→もっとも 矢庭に→やにわに 矢張り→やはり 漸く→ようやく 宜しい→よろしい 妾→わたし」
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
※底本中、混在している「マーティン」「マーチン」「マーテン」は、そのままにしました。
※原作品では、図版のミスにより暗号の解読が困難なものになっています。この底本はその誤りを「図4」「図7」において踏襲しておりますが、原作および底本を尊重し、そのままにしました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(前田一貴)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)

暗号舞踏人の謎

コナン・ドイル
三上於莵吉訳




 ホームズは全く黙りこんだまま、その脊の高い痩せた身体を猫脊にして、何時間も化学実験室に向っていた。そこからは頻りに、いやな悪臭がただよって来る、――彼の頭は胸に深くちぢこめられて、その恰好は、鈍い灰色の羽毛の、黒い鳥冠(とさか)の奇妙な鳥のようにも見えた。
「そこで、ワトソン君、――」
 彼は突然に口を開いた。
「君は南アフリカのある投資事業に、投資することは、思い止まってしまったのだね」
 私はサッと驚かされてしまった。私は彼の不思議な直覚力と云ったようなものには、毎度のことでよく慣れていたが、しかしこの私の胸中の、秘中の秘事にずばりっと図星を指されたのには、全くあきれ返ってしまった。
「一たい君は、どうしてその事を知っていたのだね?」
 私は訊き返した。
「さあワトソン君、ぐうの音が出まいがね」
「いや、全くその通りだ」
「それではね君、とにかくきれいに参ったと云う一札(いっさつ)を入れたまえ」
「それはまたどうしてさ?」
「いや、実はもう五分の後には、君はきっと、それは馬鹿馬鹿しくわかり切ったことだと云うに相違ないからだよ」
「いやいや、僕は決して、そんなことは云わないよ」
「ワトソン君、それでは御説明に及ぶとしようかね」